目の前に、一枚薄い隔たりの様な壁が在るとする。
ソレはとても薄くて、玻璃みたいに向こうを透かすのに、僕と彼とを完全に遮断する。
彼は向こう側で級友達とはしゃいで、その騒ぎは僕の耳に突き刺さるけれど、僕の声は届かないから。

ただ黙って彼を見ている僕なんかに、到底気付かないだろう。











「目が覚めたか?」

木目が正しいこの天井は、保健室。
消毒液と清潔感溢れる匂い染み付く、僕に馴染んだ部屋。
見慣れた天井が霞んで、いつもより遠く暗く見えるのは僕の良くも無い体調のせいか、それとも塞いだ気持ちのせいか。

「もうじき御天道様も西の山へ隠れてしまうだろう」

僕の思った事を読んだ様に、窓際に座った人影が優しく僕を諭す。
未だ明かりを点けるには明るいな、そんな風に笑うのは誰なのだろう。
聞き覚えのある、声。
山際から僅かに溢れて光る太陽と夜の気配がごちゃ混ぜになって、その誰かの輪郭ですらボンヤリとさせる。
識って居る筈なのに分からない、何もかもが。

「もう少し休め」

優しい声が、手が届かない距離を超えて、まるで幼子をあやす様に頬を撫でる。
温かく柔らかいソレは、不安に震える僕の心も優しく触れてくれたみたいに、僕の体から強張った力を抜いてくれた。


「ありがとう」


呟くと。
誰かの気配が消えて。
僕はまた目を瞑り。
闇の底へと沈んだ。












彼はこんな僕にも優しくて。
彼は皆からも一目置かれていて。
彼は愛されていて。
彼は
彼は
かれは



いつでも前を向いて走っている。






だから
たとえばコチラ側から僕が

泣いて。
叫んで。
喚いたとして。

振り向いた彼の瞳の中の感情が
僕を拒絶するものだったら。

僕が呼吸をするのも侭ならなくなってしまいそうで。

だから

僕は

薄いナニカ隔てた越しに、彼を黙って見続ける事に甘んじて居るのです。













目を閉じて夢を見る為に落ちる意識の間際。
先程離れた誰かの気配が再びやってきて。
今度は温かい指先が髪の毛や頬を触ったのを感じました。
風上からの誰かの匂いは保健室に不釣り合いな程で。
黄昏れ時に出会った『誰か』が彼だった事に思い至ったのは。
僕の体を侵していた熱が冷めてから数日経った後でした。







おわり。




誰か=彼はご想像に御任せします。
僕は伊作です。
御粗末様でした。

2008/11/14 める〜
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